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誰のどんな言葉よりも、子どもたちの声に耳を澄ませていたい

取れなかった親権

今年のはじめ、離婚をした。様々な要因が重なった上での離婚だった。
私たちの間には、二人の息子がいた。
私は二人の親権を欲したが、持病と経済的不安を理由にその訴えは拒否された。

長男が生まれて12年。次男が生まれて6年。
毎日当たり前のように一緒にいた。
ずっと一緒にいられると思っていた。しかしその願いは、呆気なく崩れた。

離婚を伝えるたび、大抵の人にこう言われた。

「じゃあシングルだね。大変だろうけどがんばって!」

「うん」と答えられない私は、いつも少しの間を置いて事実を伝える。

「……親権、取れなかったんだ。だから息子たちは、父親と一緒に暮らしているの」

相手はいつも、私以上に困った顔をして「そうなんだ」と答えた。
しばし逡巡したのち、「子どもは母親と一緒にいたほうがいいよ」と言われることもあった。

一緒にいたくないなんて、一言も言っていない。
私は親権を「取らなかった」んじゃなくて「取れなかった」んだ。

そう言いたい気持ちをぐっと堪え、力なく笑うより他なかった。

本当にこれでよかったのか

一人きりのベッドは、やけに広く感じる。右に長男、左に次男。
二人に挟まれて眠る日々は、正直毎晩寝不足でふらふらしていた。

寝言の多い長男が突然叫ぶ。
「右が空いてる!突っ込め!」
将来バスケット選手を目指している彼は、夢の中でもトレーニングを欠かさない。
「夜くらいちゃんと休みなよ……」
思わずそう呟いて頭をそっと撫でる。平熱が高めの彼の頭は、いつだって温かだった。
その直後、寝相の悪い次男が私の鼻づらを蹴とばす。
あまりの痛みに涙ぐみながら、はみ出した足を布団に戻す。

そんな夜を思い出しては、枕に顔を埋め声を殺して泣いた。
安いアパートは壁が薄い。
大声で泣いて苦情でも言われたら、いよいよ立ち直れなくなりそうだった。

これでよかったのか。本当に、この選択は正しかったのか。
毎晩同じ考えがぐるぐると回る。際限なく襲ってくる葛藤に飲み込まれるたび、正解がわからなくなった。

元夫は離婚に反対だった。
「両親が揃っていないと子どもがグレる」
それが彼の持論だった。離婚を望む私に、彼は幾度となく言った。

「最低だな。それでも母親かよ。子どものために我慢しようってどうして思えないんだ」

私たちは、とうの昔に壊れていた。ただひたすら、
‟子どものため”だと言い聞かせながら10年以上の月日を共に過ごした。
しかしそれは、いつしか限界を迎えた。

こんな日々が息子たちのためになるわけがない。
偽物の笑顔を張り付けた母親より、片親でも心から笑っている母親のほうがいい。
そう思い、離婚を決意した。何よりも、私自身がもう耐えられなかった。
かつて愛した人は、私にとって‟許せない”人になっていた。別れて新たに互いの人生を生きる。
憎みあって一緒にいるより、そのほうがみんなちゃんと笑えると思った。

これでよかったんだ。
今からでも戻るべきだ。

相反する選択肢が心に巻きついてくる。ほどこうともがけばもがくほど、絡みついてくる。
もうこの際どっちでもいい。誰か正解を教えてくれ。毎晩、そう思っていた。

「大丈夫だよ」

息子たちとは月に数回、面会を許されていた。
離婚後はじめての面会時、おそらく私たちはお互いに緊張していた。

「久しぶり」
「うん」
「元気だった?」
「うん」

はにかみながら答える二人。
それでも次男は、年齢的な幼さも手伝い、あっという間にいつもの彼に戻った。
動きたい盛りの次男は、車内でもじっとしていられずに足をバタバタと揺らす。

「少し落ち着けよ」

はしゃぎ出した次男にそう言った長男の声は、以前より少し低くなっていた。

「声変わりした?」
「うん、ちょっとね」
「そっか。そうだよね。もう中学生なんだもんね」

‟早く大きくなって”と毎日思っていた。必死だった当時には気がつかなかった。
子どもが大きくなるのが、こんなにも早いものだなんて。

久しぶりの会話のある食事。次男が味噌汁をひっくり返すことさえも愛おしい。
毎日のときは怒ってばかりだった。
どうして人は、いつも失ってから色んなことに気づくのだろう。

お気に入りの絵本を読んでいる途中、次男はことんと眠りに落ちた。
はしゃぎすぎて疲れた日の夜、彼はいつも物語の終わりに辿りつけず、朝になってそのことに文句を言う。

「途中までしか読んでもらってない!」

君が眠ってしまったからだよ。
そう言って笑う私に、ふてくされたような顔で「続きを読んで」とせがむ。
明日の朝もきっと同じ台詞を言うであろう次男の頭を撫で、まだ起きている長男の元へと腰を上げた。

「……元気にしてた?」

二人きりになった夜。そう尋ねた私に、長男は顔を上げてあっさりと言った。

「大丈夫だよ」

おそらくそこには色んな意味が含まれていて、でも彼はそのすべてを言葉にしきれるほど大人ではなかった。

「そっか」

うまく言葉が出てこない私に、今度は長男が尋ねた。

「お母さんは?ちゃんと食べてんの?ちゃんと寝てんの?」

顔にぎゅっと力を入れた。ここで私が泣くのはずるい。

「うん、大丈夫だよ。お母さんも、大丈夫だから」

本当に何かを伝えたいとき、言葉はあまりに不自由だ。
ぎゅっと抱きしめるだけのほうが、よほど伝わることもある。
しかし12歳の長男は、そういうスキンシップを嫌がるようになって久しい。
思春期の男の子に「だいすきだよ」と伝えるのは、なかなかに難しい。

「明日の朝、大根の味噌汁飲みたい」

長男は、昔から大根の味噌汁がすきだ。翌朝作った味噌汁を、長男は喜んでおかわりした。
ご飯も朝から3杯食べ、十分だろうと思って炊いた3合のお米は、あっという間に空になった。

二人を家に送り届け一人きりの自宅に戻った夜、からっぽのお釜がふと目に入った。
唐突に何かが込み上げてきて、慌ててお釜の蓋を勢いよく閉じた。
悲観的な思いに囚われそうになり、すがるような気持ちでカメラロールを開いた。
生き生きとした二人の表情がそこには溢れていて、彼らの声が耳元でかすかにこだました。

「お母さん!」

共に過ごした数日、何度そう呼んでくれただろう。
私は今でも変わらず「お母さん」でいていいのだと、そこは揺るがないのだと、呼ばれるたびにそう伝えてもらえた気がした。いつもそうだ。親側が何かを教えたような気になっているだけで、教わっているのはいつだってこちら側だ。

どちらも同じ親じゃないか

私は望んで子どもを手放したわけではない。
しかし、その葛藤を説明できなければ非難されるという構造には違和感を感じている。
確率でいえば3組のうち1組が離婚している現代において、離婚そのものに強い拒否を示す人は少ないように思う。しかし「親権者が父親である」という事実を伝える際、少なくとも私は、多大な労力を要する。

共に過ごした時間の差はあれど、同じ責任と愛情の元に育ててきたはずだった。
しかし、子どもと世帯を同じくしていない母親は、往々にして「子どもへの愛情がない」と見なされてしまう。どんなに大事に思っていても、その気持ちは「なかったこと」にされてしまう。

「子どもは母親と暮らすもの」
「離婚後の親権は母親が持つもの」

そんな先入観が、私のなかにもたしかにあった。おそらく今も尚、私はそれを棄てきれずにいる。
「なぜ?」と問われても、うまく答えられない。
強いて言うなら、ずっと長い間「そういうものだ」と思い込んできたからだ。

子どもたちとは今も定期的に面会を重ねている。
会うたび大きくなる彼らは、いつもはじけるような笑顔を見せてくれる。

彼らが葛藤を抱えていないとは思っていない。言葉にしきれない寂しさやジレンマも当然あるだろう。
それでも、朝から晩まで公園を駆け回り、「おいしいね」とご飯を食べ、夜は寝言と寝相を炸裂させながら眠るすこやかな息子たちの姿は、母親である私が親権を手放したあともしっかりと健在なのだ。

子育てを担うのが「母親でなければならない」という思い込みを、私はいい加減手放そうと思う。
それは、子どもを想う気持ちを手放すこととイコールではない。
想いは変わらない。過ごせる時間は格段に減ってしまったけれど、私は以前と変わらず、同じ総量で彼らを愛している。

「母親なら子どもを第一に考えるべきだ」という言葉をよく聞く。そこに大きな異論はない。
ただ、何故「母親なら」と限定されなければならないのだろう。
父親だって親じゃないか。どちらも同じ、親じゃないか。

「離婚」というケースに限らず、フルタイムで共働きであるにも関わらず、母親だけが絶対的な養育者として認知されてしまう場合は往々にしてある。それは何も父親が悪いという話ではなく、社会の構造そのものが現代を生きる人々の意識に追いついていないように私には見える。

家族の形は様々で、世間一般の「こうあるべき」に当てはまらない場合もある。
今の私たち親子が、そうであるように。だからこそ私は、誰のどんな言葉よりも、子どもたちの声に耳を澄ませていたい。彼らの声が元気に空を突き抜けているうちは、長男が伝えてくれた「大丈夫」を信じる。

そして自分の人生をしっかりと生きる。それが今の私にできる、母親としての精一杯だ。

この記事のライター:碧月はる@エッセイスト

エッセイスト/ライター。【BadCats Weekly】等各メディア、noteにてエッセイ、コラム、インタビュー記事、小説を執筆。書くことは呼吸をすること。海と珈琲と二人の息子を愛しています。noteはこちら

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